交野天神社(かたのあまつのかみのやしろ)

延暦6年(787)桓武天皇が、父の光仁天皇を天神として天ケ原で祀ったことが起源といわれている。
主祭神は光仁天皇で、天児屋根命菅原道真により応永9年(1402)一間社流造の本殿と、末社八幡神社本殿が再建され、共に昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定されている。
楠葉丘2丁目
「日本書記」には、6世紀の初め継体天皇が樟葉で即位したと記される。
武烈天皇(ぶれつ)の死によって仁徳天皇の子孫が絶えたことで、当時の大和政権の権力者大伴金村(おおとものかなむら)が越前三国(福井県)から男大迹王(おおどののおおきみ)と称する後の継体天皇を迎えいれ、507年2月の即位より5年間に渡り都を営んだ。樟葉宮の正式な場所は不明であるが、交野天神社(かたのあまつのみやのやしろ)の境内が推定地とされ顕彰碑が建っている。昭和46年(1971)府の史跡に指定され付近一帯の原生林は「樟葉宮跡の杜」として枚方八景にも選ばれており、古代からの風情をたたえている。楠葉丘2丁目
昭和62年(1987)に市制35周年を記念して整備された。 鏡伝池を中心に、花の森、コミュニティ広場、せせらぎの森など8つのゾーンが結ばれている。また管理事務所には、緑化教室などを開催する緑の会議室や図書室、展示室が設置されており、市民の憩いと健康の場となっている。
〈開園時間〉 ・9:00〜17:00 〈休園〉 ・水曜、年末年始